柳の心を知る

遊び心でしなやかに毎日を楽しもう

物事や人、探してみると必ず良いところがある

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僕は阪神タイガースのファンである。

 

父の影響で野球を始め、ちょうど野球に興味を持ち始めたころ、偶然にもセントラルリーグを優勝したのが阪神タイガースだった。大阪住まいでもない僕が阪神タイガースのファンである理由は、これである。

ちなみに、父は長嶋茂雄に憧れを持った世代であり、その反面で野村克也の監督としての野球を好んでいた。

一方僕は、小学校時代に尊敬する人は、という欄に「R.バース」と書いたのを今でも鮮明に憶えている。それほどにランディ・バースは強烈なインパクトであり、伝説的な存在だった。原辰徳より掛布雅之より、ランディ・バースだったのである。

 

その後、阪神は暗黒時代に突入したが、1992年亀山、新庄らの躍動により再び盛り返す。この年は盛り上がった。この年のおかげで、その後も阪神ファンでいられたと言っても過言ではない。この年のヤクルトとの最終戦、神宮頂上決戦は、まさに天王山であり、今でも思い出すたびにID野球め!と思う。

しかし、この時代のヤクルトスワローズはとても輝いて見えた。

そんな盛り上がりもつかの間、再び暗黒時代、つまりは平常運転に戻ったともいえる時代に突入した阪神。この頃のファンは亀山の時代は良かった・・・等と、同窓会で大学時代の話でもするような、過去の思い出話に華を咲かしながら過ごしているのであった。

そんな時代に就任したのが、1992年の宿敵ヤクルトの監督でもあった野村克也氏。

野村氏は井川をエースに育て上げ、キャッチャーとして矢野を育て、新庄、今岡、赤星と、次々にその後の阪神を支える選手が台頭していった。F1セブンなども懐かしい思い出である。

その野村克也氏の妻で、サッチーこと沙知代夫人。言わずと知れた有名人である。

彼女の影響で、野村克也氏は阪神を去る事となったわけだが。あの時は非常に残念な気持ちであった。順位は下位だが、野村ならやってくれるという期待感に溢れていただけに、本当に残念であった。結局、僕も父のように、監督野村が好きであった。

野村沙知代夫人については好感度も何もないのであるが、彼女についての印象は「知的な女性」である。恐妻家などの印象が一般的なのであろうが、あまりそうは思わない。

野村克也氏の書籍は比較的読み、人生の参考となることが多いと感じていたが、実は彼女も名言を残している。

名言と言っても、あくまで僕の中での名言であるので、実際は皆に響くような名言ではないのかもしれない。

僕は野村克也氏より、サッチーのある言葉の方が深く刺さっている。それはこの言葉である。

・男の人は死ぬまで働くのが原則。それが健康という証拠

・男の値打ちは仕事で決まる

 

ただただ、その通りだと思うのである。

 

古い時代の人であるかもしれないが、世にある諺の数々も、古い時代のものである。孔子論語も今も昔も役に立つのである。

サッチーと孔子を並べるのもどうかと思うが。

 

働けることに今日も感謝して過ごすのである。